こんなことを考えたって・・・・・・
あまり芝居を見るほうじゃないけれど、テレビで深夜にやってたりすると、たまに見てしまう。それで思ったんだが、人が死んでいて、それを発見した時の反応っていうと、ほとんど「死、死んでる」とかいってのけぞったり、驚きのあまり倒れたり、腰を抜かしたり、ってところだ。芝居に限らず、ドラマや映画なんかでもたいていそんなリアクションをとる。
芝居とか映画、ドラマなんかは――おそらくだけど――リアルさを求めているから、何事によらずリアルに表現すると思う。ということは死体を発見したときのリアクションも限りなくリアルに近い演技なんだろうか? もしかしたら死体を見つけた時のリアクションはこうだ、というようなすり込みがなされてるから、あんな演技になっても、見てる方はリアルだと思っちゃうんだろうか?
演技とかにはぜんぜん詳しくないんだが、例えば演技指導をするとして、役者に「想像してみろ」とか、「お前ならこういう時どうする?」とかって指導してしまうだろうなぁ。
だとしたら死体を見つけたときのリアクションは、そういった、「想像」とか「自分だったら」とかいうものの総体なだろうか?
芝居ってもんは遥かな昔から行われてきてるんだろう。ってことは、最初に「死体を見つけた時のリアクション」の演技をした奴がのもんがお手本になってるって可能性もある。
うーんわからん。でも、もしかすると、本当に死体を見つけたことをある奴が、その演技を指導したかもしれない。何千年も前に。と、いうことは、たった一人の人間が経験した、他人の死体を見つけた時のショックを、模倣、模倣の繰り返しで現在に至っているのかも? スロースロップたちはそんなたった一人の人間のリアクションに支配されて、誰かの死体を見つけた時は、そうやって驚こう、とかって頭の中に植えつけられてるのかもしれないな。そう考えると、おかしな感じがする。
でもよくよく自分としては、演技とかはリアルじゃなくても良いと思ってる派だから、大仰にやられたほうが演出としては合ってるんじゃないかと思うときもある。
リアルな、日常生活の表現(言葉)をフィクション用に「異化」する、みたいな感じで演技をとらえると、そんなことを考えたりする。
でも、大昔に死体を見つけた奴の演技が、脈々と伝わってる、って方が面白いには面白いけれど・・・・・・
芝居とか映画、ドラマなんかは――おそらくだけど――リアルさを求めているから、何事によらずリアルに表現すると思う。ということは死体を発見したときのリアクションも限りなくリアルに近い演技なんだろうか? もしかしたら死体を見つけた時のリアクションはこうだ、というようなすり込みがなされてるから、あんな演技になっても、見てる方はリアルだと思っちゃうんだろうか?
演技とかにはぜんぜん詳しくないんだが、例えば演技指導をするとして、役者に「想像してみろ」とか、「お前ならこういう時どうする?」とかって指導してしまうだろうなぁ。
だとしたら死体を見つけたときのリアクションは、そういった、「想像」とか「自分だったら」とかいうものの総体なだろうか?
芝居ってもんは遥かな昔から行われてきてるんだろう。ってことは、最初に「死体を見つけた時のリアクション」の演技をした奴がのもんがお手本になってるって可能性もある。
うーんわからん。でも、もしかすると、本当に死体を見つけたことをある奴が、その演技を指導したかもしれない。何千年も前に。と、いうことは、たった一人の人間が経験した、他人の死体を見つけた時のショックを、模倣、模倣の繰り返しで現在に至っているのかも? スロースロップたちはそんなたった一人の人間のリアクションに支配されて、誰かの死体を見つけた時は、そうやって驚こう、とかって頭の中に植えつけられてるのかもしれないな。そう考えると、おかしな感じがする。
でもよくよく自分としては、演技とかはリアルじゃなくても良いと思ってる派だから、大仰にやられたほうが演出としては合ってるんじゃないかと思うときもある。
リアルな、日常生活の表現(言葉)をフィクション用に「異化」する、みたいな感じで演技をとらえると、そんなことを考えたりする。
でも、大昔に死体を見つけた奴の演技が、脈々と伝わってる、って方が面白いには面白いけれど・・・・・・
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