夜の果てへの旅
ルイ・フェルディナン・セリーヌというフランス人作家を、スロースロップはなかなかに、尊敬している。なかなかに、という限定があるのは、いまだ二つの作品しか読んだことがないからだ――やっぱりもっと数を読まないと判断が難しい――でも、間違いなく彼の処女作『夜の果てへの旅』は傑作だ。
ことの起こりはこうだ。言いだしっぺは僕じゃない。とんでもない。僕に水を向けたのは、アルチュル・ガナートだ。
こういった感じで始まる。セリーヌという作家はその文体破壊っぷりで有名なんですが、実際どの程度破壊しているのかはわからない。仏語を読めるほど、スロースロップは知的ではないのだ。中公文庫の生田耕作訳で読んだ。かといって、日本語訳でも、三点リーダーの使い方が独特で、さらには一人称でぐいぐいと押してくる。卑俗な語が使われていて、発表当初は衝撃だった――1932年発表――そうだが、現在の文学世界ではそういった手法は珍しくない――というか、多分セリーヌからこういった手法が始まったんじゃないだろうか?――しかし、まあ、よくもこれほど圧力のある言葉を連ねることができるもんだ。それは感心する。
まあ、文体は置いておいて、要はセリーヌという作家の世界のとらえ方がすごい、という話しなんですね、これが。現実っぽいんだけど、現実じゃない、確実にデフォルメされてるし、その上、妄想が入ってきたりもする。それが社会の底辺に住む人々の俗語の波がこれでもかこれでもか、と襲ってくる。それらが渾然一体となってなんだかよくわからない世界を作ってる。
そういや、文庫の帯にアンドレ・ジイドの言葉が載ってるんだけどそれが「セリーヌが描き出すのは現実ではない、現実が生み出す幻覚」っていうものなんだけど、なるほど、グッとくる言葉ですね。たしかに現実が生み出す幻覚っていうのは、かなり的を射ている気がする。なんというか、質量をもった幻覚――なんかガンダムF91みたいな感じだな・・・・・・――って感じなんだろうなぁ。まあとにかく、現実を描くってのはそういうことをするってことなんだろうな。さすがセリーヌ。でも本を探すのが難しすぎるよ。この本以外には河出書房から『なしくずしの死』があるくらいで他のはだいたい絶版とかになってる。全集はあるけど――この全集は装丁がめちゃくちゃ格好いい――ばか高いしなあ。まあこつこつ金を貯めてそのうち!!!!!
というわけで、最期に、この本の締めを引用しましょう・・・・・・そういやいつも引用って冒頭と結末だな・・・・・・まあいいか。
遠く、曳き船(タグボート)が汽笛を鳴らした、その呼び声は橋を越え、つぎつぎと橋弧を、水門を、また橋を越え、遠く、さらに遠く、のびていく・・・・・・それは自分のもとへ呼び寄せていた、河上のすべての小船を、一隻のこらず、さらに街全体を、大空を、野原を、そして僕たちを、すべてを、セーヌ河をも、すべてを、それはさらっていった、もう何も言うことはない。
同意。スロースロップも、もう何も言うことはない。
ことの起こりはこうだ。言いだしっぺは僕じゃない。とんでもない。僕に水を向けたのは、アルチュル・ガナートだ。
こういった感じで始まる。セリーヌという作家はその文体破壊っぷりで有名なんですが、実際どの程度破壊しているのかはわからない。仏語を読めるほど、スロースロップは知的ではないのだ。中公文庫の生田耕作訳で読んだ。かといって、日本語訳でも、三点リーダーの使い方が独特で、さらには一人称でぐいぐいと押してくる。卑俗な語が使われていて、発表当初は衝撃だった――1932年発表――そうだが、現在の文学世界ではそういった手法は珍しくない――というか、多分セリーヌからこういった手法が始まったんじゃないだろうか?――しかし、まあ、よくもこれほど圧力のある言葉を連ねることができるもんだ。それは感心する。
まあ、文体は置いておいて、要はセリーヌという作家の世界のとらえ方がすごい、という話しなんですね、これが。現実っぽいんだけど、現実じゃない、確実にデフォルメされてるし、その上、妄想が入ってきたりもする。それが社会の底辺に住む人々の俗語の波がこれでもかこれでもか、と襲ってくる。それらが渾然一体となってなんだかよくわからない世界を作ってる。
そういや、文庫の帯にアンドレ・ジイドの言葉が載ってるんだけどそれが「セリーヌが描き出すのは現実ではない、現実が生み出す幻覚」っていうものなんだけど、なるほど、グッとくる言葉ですね。たしかに現実が生み出す幻覚っていうのは、かなり的を射ている気がする。なんというか、質量をもった幻覚――なんかガンダムF91みたいな感じだな・・・・・・――って感じなんだろうなぁ。まあとにかく、現実を描くってのはそういうことをするってことなんだろうな。さすがセリーヌ。でも本を探すのが難しすぎるよ。この本以外には河出書房から『なしくずしの死』があるくらいで他のはだいたい絶版とかになってる。全集はあるけど――この全集は装丁がめちゃくちゃ格好いい――ばか高いしなあ。まあこつこつ金を貯めてそのうち!!!!!
というわけで、最期に、この本の締めを引用しましょう・・・・・・そういやいつも引用って冒頭と結末だな・・・・・・まあいいか。
遠く、曳き船(タグボート)が汽笛を鳴らした、その呼び声は橋を越え、つぎつぎと橋弧を、水門を、また橋を越え、遠く、さらに遠く、のびていく・・・・・・それは自分のもとへ呼び寄せていた、河上のすべての小船を、一隻のこらず、さらに街全体を、大空を、野原を、そして僕たちを、すべてを、セーヌ河をも、すべてを、それはさらっていった、もう何も言うことはない。
同意。スロースロップも、もう何も言うことはない。
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