時をかける少女!
『時をかける少女』(以下時かけ)は面白い。予想以上に。
スロースロップの住んでいる田舎に、『時かけ』がかかったのは、去年の十月頃だった。噂では聞いていた。朝っぱらから一人で車を走らせ、映画館に行った。十人くらいしか観客はいなかった。本編が始まった。
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普通映画を見ると、その世界にのめりこみ、何も考えられなくなる。だが、この映画は違った。妄想を働かせながら見ることになった。主人公、真琴の明るさに惹かれ、作品の流れ方に心地良さを覚え、主人公を取り巻く人間たちに好感を持ち、そしてクライマックス近くにやってくる真琴の大泣き。その、あまりの思い切りの良さ、すがすがしさに感動した。最近のアニメじゃ、ヒロインってものはやれ、ツンデレだ、クール系だ、メンヘルだので明るさが欠如していた。しかし、この真琴は近年まれに見るほど好感が持てるヒロインだった――昨今のアニメ業界は、どこにこのヒロイン像を置き忘れてきたのだろうか?――
キャラクターデザインに貞元義行!! エヴァ世代、ナディア世代《王立宇宙軍世代(笑)》にはたまらない!! 細田監督の映像にばっちりと合っている!! とくに、風呂場で真琴が鼻の下まで湯につかるシーンがあるのだが、そこなんて、もう!!!!!!
とまあ、こんな感じで突き進んでいったら、真琴萌えブログになってしまうので、自粛しよう。
閑話休題
青春というものは、存在しない。過去を振り返って、「ああ、青春だったな」と思うことが、誰しもあると思うが、それは幻想だ。世間の常識――胡散臭い――ってやつを刷り込まれているだけなのだ。なぜなら、青春とはステレオ・タイプな青春演劇のことなのだ。若かりし頃に、テレビで見たような、あるいは本で漫画でアニメで知ったような、いわゆる「青春」というやつを、自らの体をつかって演技しているだけなのだ。
だが、人は青春を愛する。なぜか? 心地良いからだ。青春は最高、最大、極上のエンターテイメントだからだ!
青春は究極のエンターテイメントだからこそ、ほぼすべての表現フォーマットで多用されているのだ。
ここまで書いたらスロースロップは、青春否定派だと思われてしまいそうだが、そんなことはない。大好きです!! 青春万歳です!! 青春が演劇で、自分がその役をこなしていたとしても、思い出はやっぱり残るし、後々になってその経験が人付き合いに役立つことになるからだ――かといって、歳は取りたくないもんだ(泣)――というか、とにかく楽しい。無責任でいいし、怖いものなんてないし、将来のことなんて考えなくてもいい。
だが、青春演劇の本当に恐ろしいところは、「痛み」がある、ということだ。この点が、青春を極上のエンターテイメントたらしめている。
青春の楽しい部分は、概ね各人共通しているところがある、だが《「痛み」の質》は経験をしたものそれぞれ独特のものだ。
真琴はタイムリープを使いすぎたことを後悔する。というか、時間を戻すことでは取り戻せないことがあることを知る。そして「痛み」を負い、泣く。青春時代は泣くことが積極的に肯定される。
観客たちは真琴の「痛み」を客観視しつつ、自らが負った過去の「痛み」を思い出し、誇ることができる。アニメの外であっても、真琴のような――当人にとっては真琴以上の――「痛み」を負うことができるのだ、と。
つーか、こんな馬鹿げた、見当違いなことを言ってきたけど、小難しいこと抜きに楽しめる作品だ。スロースロップみたいに、こんなこと言い始めたら、もう青春じゃないな。つーか青春ってあったか? ありましたとも。たまに戻りたくなる。みなさんそうなりません? でもたまにでいいや。たまにでいいから戻りたい場所ってのが、やっぱり・・・・・・。
最近泣きましたか? スロースロップの涙腺は干上がりっぱなしです。
何を言いたいのかわからなくなってきたな・・・・・・まあいいやとにかく一遍見てください。泣ける作品じゃありませんよ。最後まですがすがしくなれるもんです。というわけで、今日の文字は青色にしてみました。『時かけ』カラーということで了承ください。
時をかける少女 通常版 筒井康隆、 他 (2007/04/20)
角川エンタテインメント
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